日本語教師として海外で教えた経歴が日本ではゼロになる?国内外の教育事情の違いや学生の目的とは?

海外で働きたいと考える日本語教師の方すべてが、永住を望んでいるとは限りません。

「いずれは日本に帰ってきたい」「親が高齢になったら心配なので日本に戻りたい」と考えている方もいらっしゃるはずです。

そんな日本語教師にとって「何年か海外で働いたあとに、日本に帰国したとしても、日本で教師として働くことができるのか」という問題は死活問題です。

果たして日本国内の教育機関は、海外での日本語教育経験を評価してくれるのでしょうか

今回の記事では、日本語教師として海外で働くにあたって理解しておくべき国内と国外の教育事情の違いや、学生が学校に来る目的などについて考察します。

目次

帰国後の出口戦略について考える

海外で日本語教師として働いてみたいと考えたとき、青年海外協力隊に日本語教師として参加するという手段が考えられます。

多くの場合が、アフリカアジアなどの発展途上国への赴任です。

そういった国々で日本語教師を経験したとしても、日本では日本語教師のキャリアとして認められないというケースが発生してしまっているのですが、それはなぜでしょうか

日本語教師として青年海外協力隊に参加する隊員は、プロの日本語教師として独り立ちできるような経験を積むことを目的に参加している方が多いようです。

しかし、そもそも青年海外協力隊の目的は途上国の福祉や発展への貢献ですので、そこにギャップが生じています。

現地での日本語教師の仕事は、語学を教えて日本語が話せるようにするというよりは、日本文化を知ってもらうという国際交流が主目的となります。

当然「日本文化に興味がある、触れてみたい」という考えの学生に対して、授業の内容を合わせる形になります。

体験的な要素が強いので、ひらがなや漢字を教える程度にとどまり、文法などを教えるような経験を積めないケースもあります。

その結果、現地での活動を通して「人間的成長」「国際的感覚の醸成」という経験は得られるものの、日本語教師としての専門性を身に付けることは困難となります。

このように、青年海外協力隊での日本語教師は、専門性を伸ばすような経験を積む場ではないケースが多いため、日本語教師のキャリアとして認められないという評価をされてしまうことになるのです。

参考:
JICA海外協力隊
https://www.jica.go.jp/volunteer/application/seinen/job_info/japanese/index.html

日本語を学びたい学生、日本で稼ぎたい学生

前項では、海外における日本語教師の仕事は、場合によっては語学を教える能力・経験を伸ばすことができない可能性があることに触れました。

もうひとつ、海外と日本の職場環境の大きな違いとして考えられるのは、日本語を学ぶ学生の意識の違いです。

海外で日本語を学びに来ている学生は、少なくとも「日本(語)を学びたい」という高いモチベーションを持って授業を受けにきます。

しかし、日本にある日本語学校に学びに来ているすべての学生が「日本語を学びたい」という高いモチベーションを持っているわけではありません。

そこには一定数の「日本で稼ぎたい人」の存在があります。

日本で外国籍の人が長期にわたって在留するためには、ビザが必要です。

しかし、医療従事者など、特定の能力・スキルを持っている人以外にはビザは発行されないので、日本に来て働くことができません。

介護や農業など人手不足の分野に対応するため、2019年に「特定技能」に指定された14業種に従事する外国籍の人には、長期在留が認められるようになりました。

しかし、特定技能実習生として認定されるためには「特定技能評価試験」と「日本語評価試験」に合格しなければならないので、母国で高度な教育を受ける必要があります。

そこで真っ先に思い浮かぶのが、留学と称して日本語学校で日本語を学びながら、アルバイトなどで働くという方法になります。

平成30年5月1日時点での留学生数は298,980人(前年比で31,938人(12.0%)増)となっており、そのうち14.5%がいわゆる日本語学校で日本語を学んでいます。

参考:
独立行政法人日本学生支援機構 平成30年度 外国人留学生在籍状況調査結果https://www.studyinjapan.go.jp/ja/statistics/zaiseki/data/2018.html

事前に資格外活動許可を申請し、許可を得ることができれば「原則週28時間以内・風俗営業等の従事を除く」範囲内でアルバイトやパートに従事することができます。

ちなみに「週28時間以内」という制限は、本来の活動(学業など)を阻害しない範囲として定められています。

しかし、週28時間しか働けないとすると、仮に時給が東京都の定める最低賃金(時給1,013円)の場合、1ヵ月で約12万円弱にしかなりません。

この金額では、学費や生活費をまかないながら留学生活を送るのは困難です。

最低でも20万円弱の収入が必要です。

そうなると就業時間は1.5倍以上になってしまいます。

これでは、土日は8時間ずつ働いたとして、平日は毎日5時間働かなければならない計算になります。

まして、母国に仕送りをすることまで考えた場合、2倍は働かなければ追いつかない計算になります。

留学ビザは期限付きであるため、日本語力を伸ばすというよりは、その間で稼げるだけ稼ごうと考える人が一定数存在しているわけです。

当然、寝る間も惜しんで働くことになりますので、日本語学校に来るときは疲れきっていて、勉強どころではありません。

日本で働く日本語教師は、日本語を学びたいというわけではなく、日本で稼ぐために仕方なく通学している人たちに、どうやって日本語を学んでもらうのかという問題に向き合う必要があります。

海外で日本語を教える場においては、そういった経験を積む機会はありません。

そのため、海外での日本語教師の経験が日本では評価されないひとつの原因になっているわけです。

参考:
出入国在留管理庁「留学生の受入れについて」
http://www.moj.go.jp/content/001305999.pdf

日本語学校は外国人を働かせるための学校なのか

日本で働く外国人労働者は、2019年10月時点で約165万8,000人で、そのうちの約1/4が留学生です。

留学生のビザ発行数に比べ、労働者の人数の方が多いという実態があります。

留学ビザは最長2年ですが、学校にはほとんど通わず、ビザが切れてもそのまま長期滞在するビザ超過滞在者が増えていると考えられ、特に日本語学校が不法な長時間労働の温床になってしまう可能性があります。

そういった状況を打開するため、日本政府は日本語学校に対して、生徒が本当に通学しているかどうかの状況報告義務を課したり、ビザ超過学生の割合が高い日本語学校の認可を取り消したりといった規制の強化を行っています。

今後はさらに、量だけではなく質に対する強化が加わりそうです。

2019年、政府は非母国語話者の熟達度を評価する欧州共通言語参照枠(CEFR セファール)を導入し、語学学校卒業時には、70%の学生を6段階の下から2番目のレベルまで到達させる義務を日本語学校に課すこととなりました。

A1(初心者)からC2(ネイティブに近い)までの6つのレベルに分けられています。

下から2番目のレベルであるA2というのは、以下のスキルを必要とします。

・買い物、家族、雇用などの分野でよく使われる表現を理解する
・日常的な情報交換ができる
・当面の必要事項を簡単な言葉で説明できる。

正確には、他にも条件が設定されています。

・大学院、大学、短大、専門学校(研究生・科目等履修生は除く)
・技術・人文知識・国際業務、経営・管理、特定技能へのビザ変更
・CEFR A2以上(日本語能力試験 N4相当以上)

この上記いずれかの条件を満たす卒業生が、全体の7割以上であることが求められるようになったわけです。

質への担保がより厳しくなり、初級レベルの学生の引き上げが必須となるのであれば、前述したような海外で日本語を教えた経験が活かせる場が増えることが考えられます。

参考:
日本経済新聞「データで読み解く外国人労働者 魅力薄れる日本の賃金」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56835690W0A310C2000000/

収入を上げるための最大の方法は日本語力を上げること

日本の語学学校で働く日本語教師が、生徒の就学意欲に対して諦めてしまっている側面があることに触れました。

しかし、ここで忘れてはならないのは、教育者には、未知なる人に正しい情報を伝えるという責任があることです。

綺麗事だと言われてしまいそうですが、あえてこの点について触れたいと思います。

日本語学校の教師には語学を教える以前に、教育者として生徒を正しい道に導くことに対する覚悟が必要なのです。

Barry R. ChiswickやChristian Dustmannといった経済学者が指摘しているように、言語能力の向上は外国籍の人の賃金をあげるためには必要不可欠な要素です。

「急がば回れ」なのであり、語学力の向上が「日本で稼ぐこと」につながるのです。

客観的な根拠として、政策研究大学院大学の見﨑要氏が執筆した「外国人労働者の日本語能力が技能習得に与える影響 ―建設産業を事例として―」という、外国人労働者を採用している建設産業の雇用主を対象とした調査に基づいた論文があります。

そこでは、語学能力の欠如は賃金の損失につながることが証明されています。

雇用主側が感じている外国人労働者の技能習得度に対する調査では「同じ経験年数の日本人労働者と比較して、どの程度技術を習得しているか」という問いに対して、外国人労働者の技術習得度は日本人より劣っているという評価が下されています。

参考:
見﨑要「外国人労働者の日本語能力が技能習得に与える影響-建設産業を事例として-」(研究論文)
http://www3.grips.ac.jp/~up/pdf/paper2018/MJU18713misaki.abst.pdf

そして、その理由は、勤怠の態度や能力ではなく、日本語を活用する能力水準の低さです。

評価が低ければ高度な仕事は回ってきませんので、正当な機会が奪われ、結果として給料も上がりません。

建設産業の特徴として、図面や指示書を使用して作業を進めていきます。

そのため、読む・書くといった能力が必要となるわけです。

日常生活の中で向上させる機会の多い、聞く・話すといった能力に比べて、読む・書くといった能力は専門的に学ばなければ向上が期待できません。

職種によって影響の大きさは異なりますが、言語能力は技能習得度に大きな影響を与え、それが賃金に影響すると証明されています。

日本に在留している学生に対しての日本語教育では、日本で経済的に自立するためにも日本語の習得が必要であるということを、根気よく生徒に理解させていかなければなりません。

オンライン授業をうまく活用すれば、職種別の日本語授業を取り入れることは可能だと思います。

今後は、職種ごとの専門用語を含めた日本語教育が必要となってくるでしょう。

参考:
厚生労働省「外国人雇用状況」の届出状況まとめ
https://www.mhlw.go.jp/content/11655000/000472892.pdf

まとめ

来日して日本語学校で学んでいる学生には、海外で学んでいる学生に比べて、学習意欲が低い学生も多くいます。

不法就労を手助けするために運営されているとしか思えないような日本語学校も過去には存在していました。

こうした劣悪な環境では、進学目的で学ぶ留学生が出稼ぎ留学生に染められていく状況を目の当たりにしても、何も対策がとられません。

そんな教育現場の状況を見て、特に海外から帰ってきた日本語教師が、語学教育に対するモチベーションを失ってしまうという構図がありました。

しかし、それは、働いている語学学校が教育に対して情熱を持っていないことが問題なのであり、日本語教師自体の可能性の問題ではないはずです。

「アニメが好きだから」「日本文化を学びたい」「日本の大学に進学する」「漫画家になりたい」「AIを学びたい」など、日本に来る外国籍の方には様々な目的があります。

そこに「日本で稼ぎたい」が入っていても、それはそれで良いのではないでしょうか?

「日本で稼ぎたい」人たちにとっても、日本語を学ぶことは目的達成にとても大切な要素であることは間違いありません。

「どうして勉強なんかしなければならないのか」という疑問を持つ若者に対し、大人になったら無駄だと思っていた勉強が役に立つことを伝え、正しい道へと導くのが教育者の務めです。

日本語教師には、日本で稼ぎたい人たちに対し、いかに日本語能力の向上が目的達成につながっていくのかを伝え、導いていく役割があります。

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