今回の記事では『まるごと 日本のことばと文化』(以下『まるごと』)の教科書分析をしていきます。
国際交流基金によって開発され、日本語で何がどれだけできるかという熟達度を表す「JF日本語教育スタンダード」を基準に6つのレベルが展開されており、日本語を使って実際にコミュニケーションを取ることを目標とした教科書です。
特徴やメリット・デメリットなど、詳しく見ていきましょう!
3つの特徴
実践的な日本語が練習可能
『まるごと』シリーズには、以下の6つのレベルがあります。
入門・初級1・初級2・初中級・中級1・中級2
冒頭の記述のとおり、これは「JF日本語教育スタンダード」という言語教育の枠組みに沿ったレベルです。
JF日本語教育スタンダードとの対応は以下のとおりです。
入門
JF日本語教育スタンダード A1
初級1・初級2
JF日本語教育スタンダード A2
初中級
JF日本語教育スタンダード A2~B1
中級1・中級2
JF日本語教育スタンダード B1
それぞれのレベルは以下のとおりです。
A1
相手がゆっくり話して助け舟を出せば、自分や他人を紹介することができる。
どこに住んでいるか、誰と知り合いか、持ち物などの個人的情報について、質問をしたり答えたりできる。
A2
個人的な情報や家族情報・買い物・近所・仕事といった、簡単で日常的な範囲で情報交換をすることができる。
B1
仕事・学校・娯楽で普段出会うような身近な話題について理解できる。
日本語が使用されている地域を旅行しているときに起こりそうな、たいていの事態に対処することができる。
経験・出来事・夢・希望・野心を説明し、意見や計画の理由・説明を短く述べることができる
上記のレベル分けに加え、どんな場面でどんなことができるようになるかという「Can-do」を目標にして、学習内容が構成されています。
例えば、日本語を始めたばかりの学習者が対象の入門レベルでは、あいさつをしたり、好きな食べ物や趣味について話したりしながら、簡単なコミュニケーションの練習をします。
中級レベルでは、生の日本語を読んだり聞いたりしながら、自分のことを長く話せるように練習します。
参考:
『まるごと 日本のことばと文化』ウェブサイト
https://www.marugoto.org/
JF日本語教育スタンダード「JFスタンダードとは」
https://jfstandard.jp/summary/ja/render.do
日本文化を知ることができる
旅行・食べ物・祭り・マンガなど、日本についてのさまざまなトピックが出てくるため、学習者は日本文化について知ることができます。
特に海外で学習されている方は、日本語を学んでいても、日本人の生活や思考、日本の慣習や地域の特性などについて触れる機会が少なくなりがちです。
『まるごと』を使用することで、文法や会話だけでなく、日本という国へのイメージも膨らませることができます。
教科書はフルカラーで、イラストや写真も多いため、豊富な視覚情報を使って楽しく学習を進めることができます。
無料のサポート教材やeラーニングが豊富
教師と学習者のそれぞれに役立つ無料のサポートが豊富なのも『まるごと』の特徴です。
教師に役立つコンテンツ
『まるごと』のウェブサイトにログインすると「教材ダウンロード」のページから音声ファイル・語彙リスト・本文の翻訳など、すべて無料でダウンロードすることができます。
「教師用ページ」には、教え方の手引き、語彙や表現のインデックスなど、授業を進めるにあたって参考になるコンテンツがあります。
豊富な無料コンテンツのおかげで、授業で使用する教材を教師が用意する手間が、格段に省けます。
学習者に役立つコンテンツ
学習者にはeラーニングとアプリがあります。
eラーニングでは、語彙を調べたり動画を視聴したりできるため、多忙な方や近くに日本語教育機関がない方でも、教室と変わらない環境で学習することができます。
文字を覚えるためのアプリでは、ひらがな・カタカナは「HIRAGANA/KATAKANA Memory Hint」、漢字は「KANJI Memory Hint」のアプリを使って、その文字を連想するイラストを見ながら練習することができます。
参考:
「まるごと日本語オンラインコース」ウェブサイト
https://www.marugoto-online.jp/info/jp/
メリット
日本で生活するための日本語力が身につく
一般的な教科書の場合、その課に出てくる語彙や文型を優先的に使用する必要があり、日常生活ではあまり遭遇しない場面や使用しない例文が出てくることがあります。
しかし『まるごと』では「Can-do」に焦点を置いて実践的な内容で構成されているため、以下のような、かなりリアルな練習をすることができます。
・友達を週末にお祭りに誘う
・浅草や渋谷で家族へのお土産を選ぶ
「好きな日本の食べ物は何ですか?」「日本で行きたい場所(都道府県)はありますか?」といった質問に対して、学習者から「寿司や天ぷら、東京」といった代表的な答えが返ってくることも多いです。
しかし『まるごと』では、日本の食べ物や観光スポットなどを詳しく扱った課もあり、無難な回答ではなく、学習者独自の回答を言えるようになります。
日本の四季ごとの行事や教育、家事について扱っている課もあるため、日本人の慣習や思考に触れるきっかけも得られます。
「かつどう」と「りかい」の2冊構成
前述のとおり『まるごと』シリーズには、入門・初級1・初級2・初中級・中級1・中級2の6つのレベルがありますが、各レベルにはさらに「かつどう」「りかい」の2つの冊子があります。
かつどう
聴解と会話の練習を行い、コミュニケーションの実践力をつけることを目指す
りかい
コミュニケーションに必要な文法や語彙を体系的に学ぶことができる
「かつどう」と「りかい」はどちらも主教材で、トピックが同じなので(9つのトピックからなる)、両方を使用することはもちろん、学習者のレベルや目的に合わせて、どちらかを重点的に使用することも可能です。
2冊使用する場合は、まず「かつどう」で聴解と発話の練習をし、その後「りかい」で文法と語彙を導入し、読解や作文の練習を行います。
どちらの冊子もインプットとアウトプットを十分できる構成になっているので、コミュニケーションを重視する場合は「かつどう」のみ、文法を学習したい場合は「りかい」のみで進めることもできます。
2冊の組み合わせ、さらにeラーニングの活用により、さまざまなパターンの授業を展開することが可能です。
デメリット
他の教科書からの切り替えが難しい
最初から『まるごと』で授業をする場合は問題ありませんが、他の教科書から『まるごと』へ切り替えたり、会話や聴解の副教材として使ったりするような場合は、教師側の準備が大変になることが予想されます。
『みんなの日本語』をはじめとした文法積み上げ式の教科書と比べて、『まるごと』はコミュニケーション重視の教科書ですので、各課に出てくる文型が難易度順になっているわけではなく、バラつきがある印象です。
できるようになることを基準に構成されているため、例えば、JLPTのN5に必要な文型が『まるごと』の入門や初級には出てこないという場合もあります。
教師側が既習と未習の文型を整理し、他の教科書やJLPTに出てくる内容とどのように対応しているのかを把握する必要があります。
また、日本文化に関する語彙や地名がたくさん出てくるため、簡単な日本語や学習者の母語で説明できるようにしておく必要があります。
日本文化の説明に関しては、直接法だけでは難しいかもしれません。
まとめ
今回は『まるごと 日本のことばと文化』について、特徴やメリット・デメリットを考察しました。
日本語を実際に使うことを目標にしているため、かなり実践的で、生活や仕事に即した練習をすることができます。
ただし、文型の学習順や日本文化の説明に関しては、教師のカバーが必要です。
筆者は初級レベルの学習者とのプライベートレッスンで『まるごと』を使用したことがありますが、音声に従って進めることができる点が良いと感じました。
前述のとおり、ウェブサイトから音声がダウンロードできるのですが、音声ファイルには問題の指示や語彙の読み上げなど、授業に必要な指示音声がすべて入っています。
プライベートレッスンだと教師と1対1であるため、どうしても多様な日本語を聞く機会が少なくなってしまいます。
しかし『まるごと』には様々な国籍・年齢の登場人物が出てきますので、プライベートレッスンでも聴解練習を充実させることができます。
今回の記事が、みなさんが教科書を選定・分析する際の参考になれば幸いです。